実録・私はこうして前世と来世を見た。



これは私自身が実際に体験した事であり、誰にでも体験できると言うものではないと思います。


この話を信じてください、などというつもりは毛頭ありません。「だからどうした?」と言われればそれまでのことです。
ただ、世の中にはこういうことも実際にあるのだ、ということを誰かに聞いてもらいたいだけです。
もちろん、証明する気もありませんし、物理的にも証明できません。
仮に証明できるとしたら、今から21年後になるはずです。

そうです、これはあくまでも実際に私自身に起きた出来事の話です。

他にも私と同じような体験をしている人が、いるかも知れませんが私は知りません。

ですから、これを読んで、信じるも信じないもあなたの自由です。



では、これkらその内容をお話します。興味があれば読み進んでください・・・・。





それは、2011年3月のある晩の夢に、見たことも、会った事もない白髪の老人が現れ、「お前に悩みがある時は自分の前世と来世を知り、これからの生き方を考えるが良い」と言い、「まず、白い紙をだな、短冊に切り・・・・」と一方的に長々と説明し始めたのです。


ところが、途中で目が覚めてしまったので、その夢の事はすぐに忘れてしまいました。


しかし、4日後、また同じ夢を見たのです。


でも、また同じように途中で目が覚めてしまいました。


そして、また4日後、同じことが・・・?!!


私は、「この夢には何か意味がある」と考えました。


今度は7日後、また同じ夢を見たときに、思い切ってその老人に話しかけました。


「何度もあなたの夢を見るのですが、いつもお話の途中で目が覚めてしまい最後まで聞く事ができません。本当に私の前世と来世が見られるのなら、ぜひ見たいのですがどうしたらいいのでしょうか?教えてください。」


すると老人は、「3日ごとにお前に会いに来る。私の話すことを書き留めなさい。そして、それを行えばお前の前世と来世が見え、今までの悩みが消え、これからどう生きれば良いか分かる。これを行うかどうかはお前次第だ」と言いました。


それから老人は言葉通り、3日ごとに夢に現れ、その方法を詳しく話してくれました。


しかし、いつも最後まで聞く事はできず途中で目が覚めてしまうのです。


ただ、今までと違うのは、毎回同じ内容ではなく、前回の続きを話してくれたのです。


それからは、目が覚めては忘れないうちに書き留める作業を何度も何度も繰り返しました。


その夢の回数は11回にわたり続き、ようやくその内容を全部書き留めることができました。


不思議な事に、それ以来その老人の夢は一切見なくなりました。


私は全てを書き留めた後、私は老人の話した内容を何度も読み返しました。


こんな簡単なことで本当に自分の前世や来世が見られるのだろうか?」と、当然疑いました。


単純すぎて信じる以前の内容でしたので、しばらくは試して見る気もせず、いつしか忘れてしまいました。


しかし、ある時期から仕事や人間関係のトラブルが続き、精神的に弱っていました。


そんな日常に悩んでいたある日、あの老人の言葉を思い出しました。


早速、あの時書き留めたメモを探し出し、あらためて真剣に読んでみました。


そして、ワラにもすがる思いで試してみたのです。






誤解を招くといけないので最初にお話しておきますが、何らかの薬を使うなどはありません。

せいぜい、和紙とローソクと割り箸ぐらいです。






一度目、全くダメでした、二度三度四度と試しましたが、やはり無理でした。


やっぱり、あの老人の言った事は夢の中の出来事で現実には無理なんだな、と思いながらも

じゃ、最後にもう一回だけ試してみようと、気持を込めてやってみました。


すると、どうでしょう、見えたのです!私の前世が!おぼろげながらですが見えたのです。


というより、「見え始めた」と表現したほうが正しいでしょう。


その時は、なんというか「浮揚感」のような感覚になりました。


五体の感覚がなくなるというか、上下左右、自分の体の位置がわからなくなるのです。


経験した事は無いですが、「幽体離脱」とかのようなものではないように思えます。


この場合、何か一種のトランス状態になるのだと思います。


始めは、途切れ途切れのトーキー(無声映画)画像のようでしたが、くり返すうちに鮮明に、そしてよりリアルに見えるようになったのです。


音も色もなかったものが、徐々に音が聞こえ始め、色もモノクロからカラーになっていきました。


それまでで、ただ一つ、分かったのは、「集中力」が要るということです。


私は、夢中になってその世界へのめり込んでいきました。


それは、その最中も私には意識があるので、夢でもなく、言ってみれば瞑想の中で見るシーンのようです。


第三者から見れば、この体験や現象は信じ難いので、言葉で説明しても信憑性がありません。


これには証明の方法がないので他人にはあまり話しませんが、


私自身は体験者ですから当然信じています。

この内容を何人かの知人に話したら、怪訝な顔をされたり、笑われたりして相手にされませんでした。


後になって、その中の一人が「実際に試してみたら、何回かやってるうちに少しづつ見え始めた」と驚いていました。


この現象を私は、「瞑想の中で見る現実ような体験」と考え、「瞑現体験」と名付けました。


今では、体調が良ければいつでもできるようになりました。


そこで見た私の前世とは、120年前の今の栃木県の在の商家の奉公人でした。


今風に言えば住み込みの従業員です。


なぜ、そうだとわかるのか?・・・正直わかりません。


なぜだかわかりませんが。自信を持って、それが自分だと分かるのです。不思議ですが・・・。


これも説明のしようがありません。ただ直感的に分かるのです。不思議です。


その奉公人(私)の当時の生きざまを走馬灯のような速さで見、その生きざまが今の私の人生の紆余曲折にどう影響しているかがよく理解できたのです。

そして、分かっているのは、今の私は21年後、まだ血清の開発されていない新種のウイルスに感染し、医者と友達数人にに見守られながら病院で息を引き取るということです。

もう一つ、今の私の来世とは、西暦2068年に医者の子供として愛知県内で生まれるのです。

そのどちらもが鮮明な映像として見え、なぜかそれが自分だとわかるのです。


今のところ、ここまでは分かっています。正直、驚きと感動でショックでした。


しかし、夢の中の老人の最後の言葉に


「今のお前の前世と来世を知り、これからの生き方を変えれば、自ずと死期と来世が変わる。よく考えなさい。」

とだけ言い残して去っていきました。


これが全てです。


ここまで読んで、どう感じましたか?


私は、この体験のおかげで考え方も変わり、仕事への姿勢も変わりました。


そのせいかどうかはわかりませんが、少しづつ良い方向へと向かっていることだけは間違いありません。


今でも悩みや問題が生じたときはこの体験を活かしています。


因みに、私には予知能力や霊感はありませんので他人の前世や来世を見る事はできません。

ただ、信じる方自身がそれを自ら行えば可能な方もいるようです。


そして、予知や霊感に無縁の私にも、今でも忘れられない不思議な体験が今迄に三度ほどありました。



一度目は、母が亡くなった時。

当時、私は既に成人して現在の妻と一緒になり、家を出て運送会社でトラックの運転手として勤めながら安アパートで平平凡凡と毎日を暮らしていました。
ある夜のことです。布団に入ってしばらくすると、何かがドアに体当たりをしたような音と衝撃がありました。
それは「どしん!」ではなく「ドッカ~ン」、そう、まさに「ドッカ~ン!」でした。
本当に家が揺れるような音と衝撃だったのです。このときは妻もこの音に気が付きました。
その音と衝撃に飛び起きた私はドアのところへ飛んで行き、ドアを開け、外に出て周りを見渡しましたが、誰もいません。
不思議です。理解出来ませんでした。なぜなら、私の住んでいた部屋は2階建てアパートの2階の一番奥の3軒目で、外廊下も手すりがあるだけ、階段も鉄製なので誰かが上り下りすれば「カンカン」と金属音がするのですぐ分かるのです。
1階は大家が住んでおり、2階の他の2件の部屋は空き部屋だったのです。
私は「今のは寝入りばなだったので寝ぼけたか気のせいかな」と思って部屋に戻ると、私が突然外に飛び出したものですから、妻が外に誰かいたのかと不安げな表情で私を見ていました。いや誰もいなかったと言って、また布団に入りました。それから数十分後、下の大家が上がって来て、母が危篤という電話がきたと知らせてきました。(当時まだ貧乏だったので電話が無かったのです。)
私は急いで母が入院している病院へ駆けつけました。すでに父と兄2人と祖母が来ていました。
母を見ると、唸り声を上げながらベッドから起き上がろうとしていました。そしてやがて静かになりました。


あの音と衝撃は何だったんだろう?あれが世に言う「虫の知らせ」だったのだろうか。今でもわかりません。


二度目は、父が亡くなった時

心機一転を期して新天地北海道へ移り住んだ、やはり、ある夜のことでした。
この時も寝入ってから暫くして、今度は天井から乾いた甲高い音で「トッカーン」、衝撃はありません。
表現すれば、天井の中心から四隅に音が津波のように広がっていくような感じでした。
その家は地方の50坪くらいの庭付きの1軒家だったので勘違いではありません。
しかし、妻は隣で寝息をたてて眠っていました。
この時は、気のせいかなと気にもとめず、すぐに寝入ってしまいましたが、実は、その日に父が亡くなったのです。
これも「虫の知らせ」か。


そして三度目は、同じ1軒家でのことです。これもやはり夜でした。不思議さから言えばこれが一番です。

真夜中過ぎ、眠っていた私の耳に読経(お坊さんがお経を読む声)が聞こえてきました。
それも野太い見事な声で数十人の合唱のような大きな声でした。
さらに声はエコーがかかり頭の中で反響し、大伽藍(お寺の大きな本堂)での読経の声のようでした。
私は眠りの中で「ん?!」と気付き、目を覚ましました。しかし、まだ聞こえるのです。
「え?何だ、この声は?」寝た姿勢のまま目を開け耳を澄ましましたが、まだ聞こえます。
また、「え?何?何?この声はどこから聞こえるのか?」と音の方向を見ると、どうもすぐそばの窓の外から聞こえてくるのです。私は上半身を起こし、窓のほうへ身体を向けると、ピタっと声は止みました。
すぐに障子とガラス窓を開け庭全体を見回しましたが、外には庭があるだけで誰もいません。
この1軒家は隣家から数十メートル離れ、片方は垂直に2メートル下が川で、反対側の道路からは数メートル低い位置にあり、すり鉢の底のようになっているので誰かがいたとしても簡単に登る事は出来ない形状になっています。
でも誰もいませんでした。妻は隣で静かに眠っていました。
しかし、この時は今までの「虫の知らせ」の後のような不幸な出来事はありませんでした。
今でもこれが何を意味するものだったのかわかりません。不思議と言うより謎です。


これが私の不思議な体験です。後にも先にもこれだけです。
これを単に、気のせい、勘違い、錯覚、と言われればそれまでです。


そして、4度目で今回の瞑現体験をしたのです。


この体験方法について真剣に知りたい方に教えることは吝かではありませんが、ふざけた質問やおちょくり、あげ足とり的議論を受ける気も答える気も一切ありませんので予めご承知おきください。


宗教論、超常現象、超能力、霊能関係、いちゃもん、ヒマオタ、当然どの質問、議論もお断りです。

さて、あなたの前世と来世は・・・・?
瞑現体験